乳がんに対する「放射線治療」
放射線治療の方針
初めて乳がんが見つかった場合、治療の基本となるのは手術療法、薬物療法であり、再発予防目的で放射線治療が行われます。
腋窩リンパ節転移を伴わない乳房部分切除術後の場合、温存された乳房へ術後放射線治療を行うことで、
- 10年での再発の絶対リスクを15.7ポイント減少
- 15年での乳癌死の絶対リスクを3.8ポイント、死亡の絶対リスクを3.0ポイント減少
と言われています(下図)。この結果より、乳房部分切除術を受けたあとは、温存乳房への術後放射線治療が推奨されています。
また、乳房切除術後で腋窩にリンパ節転移が1個以上あった場合は、患側の胸壁と鎖骨上部へ照射することで局所・領域再発が低く、20年乳癌死率も有意な低下を認めることから、術後放射線治療が推奨されています(下図)。
乳房部分切除術が施行され腋窩リンパ節転移が陽性の場合は、基本的には転移陽性リンパ節個数が4個以上の場合に温存乳房と領域リンパ節への照射が推奨されます。ただし、近年の報告では陽性リンパ節が1個以上でも温存乳房と領域リンパ節へ照射すると遠隔再発を抑える効果があると報告されていますので、再発リスクが高いと判断された場合などは領域リンパ節への照射が推奨されます。放射線治療の必要・不必要については主治医ともよく相談してください。
また、再発された場合の乳がん治療の時も、がんにより症状が出ている部分にだけ、症状を和らげる目的で放射線を照射することがあります。骨への転移による痛みや脳への転移によるいろいろな症状に対する放射線治療が代表的です。
HIPRACの特色
広島がん高精度放射線治療センターでは、広島大学病院と協同して、年間多数の乳がん患者さんの放射線治療を行っており、豊富な治療経験を有しています。
乳がん治療の進歩は目覚ましく、近年では分子標的治療薬、免疫療法を含む薬物療法などの開発により、治療成績のさらなる向上が得られています。
乳がんにおける放射線治療も、治療効果を維持しつつ、出来るだけ有害事象の発症を抑える取り組みを行っています。特に左側乳がんには「深吸気息止め照射」を適応し、心臓への照射線量を可能な限り下げる工夫をしています。
また、全国に先駆けて「強度変調回転放射線治療 VMAT」を乳がん術後放射線治療に導入し、最先端の照射技術を駆使した治療を行っています。
【Topics】左側乳がんの乳房温存術後における深吸気息止め照射
左側乳がんの方で乳房部分切除術を受けられた場合、基本的には温存された左側乳房へ術後照射が必要です。
左側乳房へ照射をする場合、心臓への照射線量が高くなる可能性がある方には、大きく息を吸って止めていただく、深吸気息止め照射を行い、出来る限り心臓への照射線量を減らす工夫をしています。
心臓は胸部の真ん中から左側寄りに存在し、左側乳房と比較的近い場所にあります。左側乳房への放射線治療を計画する場合、心臓の形や胸郭の形によって、自由な呼吸のままだと心臓へ放射線が多めに照射されることがあります(図の左側)。一方で、大きく息を吸うと、胸が上がり横隔膜が下に移動するので、心臓の前にある肺の体積が増えます。そうすると心臓と乳房の間に距離が生まれるので、自由な呼吸の状態と比較して心臓への照射線量を減らすことが出来ます(図の右側)
左側乳がんの患者さんには、自由な呼吸の状態と深吸気息止めの状態の、合わせて2種類の放射線治療計画CTを撮影致します。それぞれの画像を確認し心臓への照射線量が高くなると予想された患者さんにのみ、深吸気息止めでの照射をお願いしています。
【Topics】鎖骨上部リンパ領域を含む乳がん術後照射の工夫:強度変調回転放射線治療 VMATの積極的活用(ハイブリッドVMAT)
鎖骨上部のリンパ領域とは、のどぼとけの高さにある頸動静脈の周囲から、鎖骨の裏側までの領域になります。腋のリンパ節に転移があった場合の多くは、鎖骨上部のリンパ領域に再発・転移のリスクがあると判断されますので、術後放射線治療の照射範囲は鎖骨上部のリンパ領域を含めた範囲が設定されます。
鎖骨上部のリンパ領域を含めた胸壁or温存乳房への照射範囲は非常に広くなりますので、複数の照射野を組み合わせた方法を用います。
従来の方法で照射野をつなぎ合わせると、再発リスクのあるリンパ領域へ均一に照射することは不可能でした(図の左側)。この問題点を解決するために、従来の照射野を基本に最新の高精度技術である強度変調回転照射を組み合わせた照射方法(ハイブリッドVMAT)を用いています。ハイブリッドVMATを行うことで、照射ターゲットとして設定した再発リスクのある領域へ均一かつ集中した放射線治療が出来るようになりました(図の右側)。
放射線治療の方法
- 広島大学病院と広島がん高精度放射線治療センターは同じ治療基準を採用し放射線治療を行っております。
- 放射線治療が必要な場合は、主治医(乳腺外科)よりご紹介頂きます。
- 乳がん術後の放射線治療は外来通院を基本とします。
- 手術後に抗がん剤の施行がない場合は、手術後1か月から2か月程度の間で照射を開始する場合が多いです。(乳癌診療ガイドライン2018年度版では、術後20週以内での放射線治療開始を推奨しています。)
- ただし、当科初診時の段階で術後創部に感染や血腫などがある場合は、治癒傾向を確認したのちに照射を開始します。
放射線治療の線量や回数
温存乳房のみ照射を行う場合
通常1日1回、週5回、1回線量2.66 Gyで計 16回(総線量42.56 Gy)の照射を行います。ただし、乳癌診断時に50歳以下もしくは術後病理結果にて断端陽性or 5 mm以内の近接症例の場合は原発巣周囲へ追加照射を行います(追加照射線量10.64 Gy/4回)
希望に応じて1回線量2 Gy、総線量 50 Gy-60 Gyを用いる場合もあります。
温存乳房と領域リンパ節へ照射を行う場合
温存乳房と領域リンパ節全体に対して通常1日1回、週5回、1回線量2 Gyで計 25回(総線量50 Gy)の照射を行います。ただし、乳癌診断時に50歳以下もしくは術後病理結果にて断端陽性or 5 mm以内の近接症例の場合は原発巣周囲へ追加照射を行います(追加照射線量10 Gy/5回)。
患側の胸壁と領域リンパ節への照射を行う場合
胸壁と領域リンパ節全体に対して通常1日1回、週5回、1回線量2 Gyで計 25回(総線量50 Gy)の照射を行います。ただし、術後病理結果にて断端陽性or側方断端 5 mm以内の近接症例の場合は原発巣周囲へ追加照射を行います(追加照射線量10 Gy/5回)。
必要に応じて、内胸リンパ節領域を加えることもあります。
放射線治療に要する時間
1回の治療に要する時間は10-15分程度で、実際に放射線を照射する時間は1-2分間です。
薬物療法の併用
乳がん術後の再発予防目的の放射線治療の場合は、基本的に化学療法の併用は行いません。
放射線治療の準備から治療開始まで
放射線治療の適応かどうかを判断し、インフォームド・コンセントが行われます。
放射線治療の流れや注意事項をビデオやパンフレットを使って説明します。
皮膚炎の予防のために、スキンケアについて説明をします。
領域リンパ節へ照射を行う場合は、均一かつ集中した放射線治療を行うために、従来の照射野を基本に最新の高精度技術である強度変調回転照射VMATを組み合わせた照射方法(ハイブリッドVMAT)を用いています(前述)。そのため、治療中に体が動かないように固定具を作成します。
放射線治療の準備に用いるCT画像を撮像します。
仰向けで両上肢を挙上した状態で撮影しますので、無理な体位とならないように枕の高さや腕の上げ具合等、気兼ねなくお申し付けください。
左側乳房へ照射をする場合、心臓への照射線量が高くなる可能性がある方には、大きく息を吸って止めていただく、深吸気息止め照射を行うこともあります(前述)。
CTの画像をもとに専用のコンピュータに転送、コンピュータ上で照射する範囲や線量を決定します。
初診日から治療計画用CT撮影、治療計画作成および検証の後に、治療が開始されます。放射線治療は初診日からおおよそ3日から1週間で開始となります。
治療は基本的に平日のみに行います。治療時刻は予約制です。治療効果を高めるために年末年始や大型連休には休日にも治療することがあります。その際は、事前にお知らせいたします。
治療終了後は紹介元医療機関と連携してフォローします
- 主治医(乳腺外科)よりご紹介頂いたときに、放射線治療医の診察を受けて、最終的な放射線治療の同意を頂きます。
- その後、放射線治療の準備に用いるCT画像を撮像し、専用のコンピュータに転送、コンピュータ上で照射する範囲や線量を決定します。
- 左側乳房へ照射をする場合、心臓への照射線量が高くなる可能性がある方には、大きく息を吸って止めていただく、深吸気息止め照射を行うこともあります(前述)。
- また、領域リンパ節へ照射を行う場合は、均一かつ集中した放射線治療を行うために、従来の照射野を基本に最新の高精度技術である強度変調回転照射VMATを組み合わせた照射方法(ハイブリッドVMAT)を用いています(前述)。
- 初診日から治療計画用CT撮影、治療計画作成および検証の後に、治療が開始されます。放射線治療は初診日からおおよそ3日から1週間で開始となります。
放射線治療に伴う副作用・注意点
放射線治療中に生じる有害反応:皮膚炎
保湿剤塗布を含むスキンケアを放射線治療開始後よりご自身で行っていただきます。照射開始後2週間程度経った段階で発赤や掻痒感が目立つようになりますので、適宜ステロイド含有の軟膏も塗布していただきます。「清潔を保つ」「保湿を行う」「摩擦を避ける」この3点を重視し、皮膚炎のケアを行います。皮膚炎は照射終了後1-2週間でピークを迎え、照射後1か月程度で改善していきます。放射線治療後数か月~1~2年は照射範囲内の皮膚色素沈着や乾燥が続きますので、照射後は保湿を中心としたスキンケアを継続していただくことをお勧めします。
放射線治療後 3~12か月で生じる有害反応:肺臓炎
非常にまれですが、乳がん術後照射を行った患者さん全体の1-2%に症状を伴う肺臓炎が出現する可能性があります。症状の多くは、継続する咳と軽労作(階段の上り下りなど)での息切れ、微熱です。症状で不安な場合は主治医に相談、もしくは放射線治療を施行した施設へ連絡をしてください。肺臓炎の治療には経過観察、咳止めや痰切れに関する内服、ステロイドの内服などを用いて行います。
放射線治療後~2、3年:患側上肢のリンパ浮腫(領域リンパ節へ照射した場合のみ)
領域リンパ節への照射はリンパ浮腫発症リスクの上昇につながると報告されています。患側の上肢全体の重だるさや腫脹・発赤・熱感などありましたら、速やかに主治医に相談することをおすすめします。
数年して起こりうる有害反応
虚血性心疾患(左側乳がんの場合のみ:極めてまれ)、二次がん(極めてまれ)などがあります。